ダイバーシティ『女性躍進の現在と今後』
新春インタビュー
新時代に備え「しくみ」を変える
カルビー(株)
代表取締役会長兼CEO 松本 晃 氏
インタビュアー 昭和女子大学教授 今井 章子 氏
今まさに、アメリカ社会やアジア社会、そして世界が、どんどん変化しつつある新しい時代の中、日本の企業はどう備え、どう変わり、どう対応していくのか。2017年、新たな年を迎えるにあたり、「明日の経営に向かって」と題し、カルビー(株)代表取締役会長兼CEOの松本晃氏に、今井章子昭和女子大学教授がお話を伺った。
ダイバーシティ推進は成功の鍵
今井 新しい年を迎えて、みなさん何かを変えたい、特に経営者の方々は組織の在り方や、リーダーシップの在り方を変えたいと、お考えになられていると思います。松本会長は常々、「何かを変えたい時は、人を変えるより、まず『しくみ』を変えていけば、どんどん変わっていく」とおっしゃっていますね。
松本 「人から代えるな」とは、これは逆説的に言っているのです。組織というのは、人事が一番好きで、実は面白い。だから、人事ばかりやってしまう。しかし、面白くないことからやらないと、世の中も変わらない。
日本は1990年(平成2年)ぐらいを境に、世の中が180度変わってしまったことに対して、みんな鈍感です。その理由の一つは、それまでの成功が、あまりにもうまくいったから。もう一つは、バブルの真っ最中で気がつかなかったからです。バブルが崩壊した最大の理由は、世の中が変わってしまったからなのです。
90年ぐらいまでの日本は、主にアメリカで作った物をコピーし、改良して世界で売ればいいという実に簡単な時代だった。だから日本の多くは、これまでと同じことをやっていればうまくいくと思っていたのですが、そんなもの、うまくいくはずがない。
今井 そういう簡単な時代が90年くらいで終わっていたのに、そのことに気がつかず、失われた10年、20年と言い続けて、今でも失われっぱなしですね。
松本 昔は、日本の会社は日本の会社と戦っていたらよかった。それで生きていけたのです。ところが今は外国と戦う。ましてやアジア、特に中国が出てきたら、もう手も足も出ないで、みんな負けてしまった。何も残っていない。
カルビーは、内弁慶の会社です。国内でのスナックでは断トツに強い。しかし、今、日本で1年間に作っている馬鈴薯の量はわずか250万トン。そのうちカルビーは30万トン使っています。
ところが中国は、おそらく1億トン作っている。しかし、それでも足りない。だから、やがて日本に来る時がくるかもしれない。そうしたらアッという間に負けます。
だからカルビーは、それまでに強くなっておかないといけない。しかし、「今は大丈夫。平和だ。南の風が吹いている」と言っているのが、日本の多くの企業です。
今井 いつ南の風が北風に変わるかもしれませんね。そうとしたら、どういう備えをして、どうやって強くなればいいのでしょうか。
松本 新しい時代は厳しい。それに対する準備は何かというと、「しくみ」を変えておくことです。
「しくみ」にもいろいろありますが、一つはダイバーシティです。要するにこれまでは、「日本人、男、シニア、一流大卒」という人たちが少しいて、残りは金太郎飴みたいな人だけで、日本はやっていけたのです。
しかし、もうそんな時代ではないのに、相変わらず続けてやっているから、うまくいくはずがない。だからカルビーはダイバーシティを進めています。まずは女性の登用で究極は年齢です。仕事に年齢なんか関係ないです。
今井 私も女子大におりますので、学生たちにも「自分の足で立て」と。ダイバーシティで女性の登用がブームのうちはいいのですが、女性も男性も厳しさを受け入れていかなければならないと思います。
松本 女性は優秀です。男性と同じだけ優秀なのです。だから、女性とか男性なんて、関係ないわけで、その中でどの人が一歩でも先に抜けられるか、いい仕事ができるかです。
変革を何のためにやっているかというと、成果を出すためです。朝、何時に来て何時に帰るなんて、いい加減やめてしまえ、どうしてここに来なければならないのかと言っています。
今井 ええ、松本会長は、「オフィスは居心地がよいが危険な場所だ」って、おっしゃっていましたね。確かにカルビーには、元気な女性プロフェッショナルが多いという印象ですが、それはどうしてなのでしょうか。
松本 チャンスを与えて、夢を与えたら、みんな元気になります。
今井 新しい時代に適応していくような人材をつくるには、やはり教育でしょうか。
松本 やはり教育が一番ですが、時間がかかります。だから、教育は今から始めないといけないし、もう手遅れかもしれない。しかし、遅すぎるということはないです。
今井 日本がどんどん変わり、元気になっていくといいなと思いますが、反面、若い人、特に働き手に元気がないのは、高齢化が進んで、社会が何となく窮屈になっているからでしょうか。
松本 堺屋太一さんの話によれば、最近の若い人は「3Y」と言って、「欲ない、夢ない、やる気ない」。もっと始末が悪いのは、結婚する気もない、結婚しても子どもをつくる気がない、要するに、生殖機能がどんどん失われていることです。こんな国は、どんどんさびれていくしかないです。
だから、だれかが「しくみ」を変えないと。一つは教育の「しくみ」を変えることです。今のままの教育では、勉強したいという気にならないでしょう。生きていく中で一番面白いのは、勉強です。知識を増やすことは、本当に面白いと思います。知識を使うのは、さらに面白い。そういう教育をしてこなかったのがいけない。
ビジネスはまず、世のため人のため
社員に「世界で一等になつてごらん」
今井 松本会長は、どのような勉強をされてきたのですか。
松本 私は広く、浅く、薄く学ぶのが好きで、今でもそうですよ。今は、こうして得た知識を使って、ビジネスを創る、儲けるのが、一番の趣味ですね。
私が学校を卒業してからビジネスの世界に入った時は、稼ぐのが仕事だと思っていました。しかしその後、稼ぐだけではだめだ、やはり大事なのは、「世のため人のため」だと。それが39歳ぐらいまでわかりませんでした。それまでは、人を騙してでも稼いでこいと言われていましたから。
その後、ヘルスケアや医療の世界に入ると、自分のやっている仕事はいい仕事だ、これは人助けだ、と思うようになりました。
そして、ジョンソン・エンド・ジョンソン(以下、J&J)に入り、仕事はまず世のため人のため、その次に稼ぐことが必要で、稼ぐためには自分のもっている知識や能力をどう使うか、それを考えながらここまできました。
今井 世のため人のためという考え方と、稼ぐということは両立するのでしょうか。
松本 これは両立の問題ではなく、必要条件と十分条件です。必要条件は世のため人のため、それが大前提。その次に儲ける、これが十分条件。ビジネスをやろう、生きていこうと思ったら、まずは世のため人のためにやることです。
しかしそれだけだったら、ただの遊びかNPOです。仕事である限りは稼がないと、設備投資ができない、新しい商品が開発できない、社員の給料も出せない、税金も払えない、社会貢献もできない、配当もできない。
今井 私は今、CSR(企業の社会的責任)の研究をしているのですが、「CSRは市場価値を上げないし、手間がかかるから嫌だ」という経営者もいます。
松本 そんなことを言っている人は、経営者としては失格ですね。社会貢献とは何かというと、僕たちはこの社会の中で稼がせてもらっている。稼いだ一部に関しては、必ず社会にいったん返しておく。全部、返すのではない。それが必ず将来の投資になって返ってくる。だからCSRは絶対に必要なのです。
今井 松本会長はご自身でも勤められた、J&Jの「Our Credo(我が信条)」に全てのことが凝縮されている、非常に感銘を受けた」とおっしゃっていますが。
松本 おそらく世界で一番いい会社だと思います。あのCredoが、いかにもよくできていたのです。これはJ&Jがニューヨークで上場する時に、上場するということは、もう自分の会社ではなく、パブリックカンパニーになるから、ステークホルダーズ(会社の利害関係者)に対する責任をCredoにしたのです。
今井 そのくらいの覚悟と感覚を持って経営していらっしゃるのですね。そういう方針のもと、社員は時間の長短ではなく、能力を結集していい仕事にまい進し、ちゃんと稼ぐべきであると。逆に、それができない人材は去るしかないという競争がそこには存在するのだと思いますが、一方で、長年の雇用慣行から甘えといいますか、会社に帰属していることを拠り所にしている人も実際には多いと思うのです。
そういう人々に「しくみ」が変わったのだから、君たちは変わらねばならないのだよというのは、どのように浸透させていくのでしょうか。
松本 結局は正しいかどうかです。人間というのは正しいこと、なおかつ欲を言えば、自分にとっていいことにはついてくる。そうすると結果的に経営者は、社員を今よりも幸福にしてあげないと、誰もついてきません。
今日より明日が豊かになればいいのです。しかし、豊かというのは、やっぱり時代によって、いくらか変わります。私らの若い頃は、車を買いたい、電気冷蔵庫が欲しいなど、物欲とお金です。しかし、今はそれだけじゃない。
それだけあったら幸せかというと、特に若い人たちは幸せではない。そうすると何が必要かというと、時間やゆとりです。残業ばかりやらせていないで、休みをちゃんと取ってもらっているかです。
つまり、マネジメントというのは、世の中を良くしたい、社員も良くしてあげたい、私たち経営者は、そういう責任を持っているのです。
今井 では最後に、ご自身のプロ経営者としての展望、今後、チャレンジすべき目標があれば、お聞きしたいのですが。
松本 私は仕事を始めてずっと何を求めてきたかというと、一等です。一等じゃないと意味がない。二等では意味がないのです。しかし一等は目指すものであり、達成できるかどうかは別です。
カルビーはスナックでは一等だけど、それは断トツの一等になれと言っています。その次がシリアル。これでも断トツの一等になることです。
カルビーのスナックは、日本の外に出たら全然だめ。典型的な内弁慶カンパニーです。
実は、今から50年くらい前のトヨタとGMですが、比べものにならないくらいの差がありましたが、トヨタは50年後の今は一等です。だからカルビーは何年かかるか知りませんが、「世界で一等になってごらん」と言っています。
今井 それは素晴らしい目標ですね。ぜひいつか、世界の一等になってください。
今日は本当にありがとうございました。
【インタビュアー】今井章子氏
英文編集者を経て、ハーバード大学にて行政学修士。国際交流基金、東京財団常務理事を経て現職。労働経済学者ロバート・ライシュの翻訳も手がける。
週刊「世界と日本」2017年1月2日 第2092号より