内外ニュース懇談会 講演要約
講演
「民主主義を問い直す」
京都大学名誉教授
佐伯 啓思 氏
内外ニュース東京懇談会9月例会は9月21日、ホテルグランドパレスで行われた。「民主主義を問い直す」と題し、民主主義の問題について社会思想的な観点から提議し、一般に受けとめられている民主主義に対する誤解について、具体的な例をあげながら、その本質を語った(講演要旨は次の通り)。
民主主義とはいったい何か
民主主義が大きな問題になってきている背景で、どうしても無視できないものにトランプ現象がある。「トランプ現象は一種のポピュリズムであり、それは民主主義の危機だから、もう少し冷静に物事を判断し、理性的に投票すべきだ」と言われているが、私はこの意見には賛成できない。なぜなら、選挙というものがポピュリズムになってしまうのは、十分に考えられることであり、それが悪いとは断定できないと思うからだ。また、そこで話を片付けてはいけない。
この問題は、「民主主義とはいったい何か」という話だ。我々は民主主義というのは国民主権だと考え、それを誰も疑ったことはない。しかし、もし仮に民主主義イコール国民主権だとすると、国民の意思を政治に反映するのが、民主主義となる。
ではアメリカの国民が、不法移民が何千万人もいることで、自分たちの仕事がなくなっていると言う人たちが、非常に国に不満を持ち、その意見を政治に反映するというのは、これは民主主義そのものである。だからポピュリズムと民主主義というものは、基本的に区別できない。
民主主義が、政治を不安定にしてしまう。昨年6月のイギリスのEU離脱も似たようなことだ。EUの中であまりに競争が激しくなり、イギリスの平均的な労働者の生活が悪くなり、彼らはその不満を民主主義で政治にぶつける。そうすると政治が極めて不安定になり、従来とは全く違うタイプの指導者が出てきてしまう。フランスでマリーヌ・ルペンがかなりいいところまでいったということ自体、驚くべきことである。
これは要するに世界がグローバルな資本主義になり、競争が激しくなりすぎたからだ。競争はするが、そんなに経済成長できない状況になった時、世界ではそういう突拍子もない指導者を大衆は選ぶ。それは民主主義だからであり、ドイツは、第一次大戦後のワイマール体制の中で、ヒトラーが出てきた。民主主義とはそういうものだと、まず理解しておく必要があるだろう。
民主主義イコール国民主権という誤解
デモクラシーを普通に訳すと民主制であり、民主主義とはならない。現在我々が行っている民主制とは、一般大衆が選挙をして代表者を選び、その代表者が議会をつくる。議会の上に内閣を、そして総理大臣が行政の長となり、国会と審議しながら政治を行う。こういう仕組みがデモクラシーであり、我々はその仕組みを受け入れているだけである。
一方、我々は民主主義に対して、大きな誤解をしている。一つは、民主主義イコール国民主権という考え方である。
例えばアメリカで、主権者は国民であることには間違いないが、国民主権という言葉はそれほど使わない。その政治形態だが、議会には上院と下院があり、国民の代表としての大統領がいる。そして司法がある。このように権力が分散されていることが、アメリカの政治の中では大事で、これらを全部含めて、アメリカは民主主義の国であるという。
イギリスの主権者はだれかというと、国王である。だからイギリスは君主国であり、国民主権ではない。ではイギリスにとって民主主義とは何かというと、政治の中心は議会であり、議会主義の国である。下院の中に庶民の代表が入り、その代表を選ぶのが一般大衆で、これが民主主義であり、そこに大衆の意思が反映される。
日本もこういうやり方であり、国民の意思がいつも政治に反映されるべきだと、そんなことを言い出したらどうしようもないが、今、そういう傾向にある。安倍首相が何か一言言うと、すぐに世論調査をして、支持率が下がった、上がったという話になる。
対立する「民主主義」と「平和主義」
つまり、国民主権、国民主権と言っているうちに、政治が、民主主義が、大衆迎合型になっていく。ヨーロッパより日本は、国民主権という言葉に縛られている。
市民というものは公共的義務を持つから、政治に対して非常に強い権限を持てる。その義務の最大のものは、国を守るということである。国民主権であれば、国民が国民の生命、財産を守る。これはどういうことかというと、民主制の下では原則的に言えば国民皆兵であり、戦争があれば国民が戦う。
民主主義は平和主義というが、いわゆるリベラル派の人たちが言うような、戦後の憲法九条の下での平和主義というようなものではない。そういうものと民主主義は、むしろ対立すると考えたほうがいい。そのあたりも、我々は大きな勘違いをしている。
政治をうまく機能させていくためには、一方では教育制度やマスコミで、見識のある政治家を育て、見識のある政治家をある程度リスペクトすることが必要である。もう一方で、我々自身が公共的な事項について、あまり私心、個人的利益にとらわれず、大きな問題について自分なりに判断していく。その場合にどの政治家にそれを託せばいいのか、人物を見る目をつくることが必要である。
そうしなければ民主主義は政治を堕落させ、不安定にしてしまうということを理解しておく必要があると思う。
《さえき・けいし》 昭和24年奈良県生まれ。社会思想家。京都大学こころの未来研究センター特任教授。東京大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。平成9年『現代日本のリベラリズム』で読売論壇賞、平成19年正論大賞。『隠された思考』(サントリー学芸賞)『反・幸福論』『日本の宿命』『西田幾多郎』『さらば、資本主義』『反・民主主義論』など著作多数。
※講演全文は月刊『世界と日本』1283号に収録されます。また、要約は週刊「世界と日本」NO.2112号に掲載されます。
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