内外ニュース懇談会 講演要約
講演
これからの政治・経済の課題
前農林水産大臣
参議院議員
林 芳正 氏
2016年4月21日、内外ニュース東京懇談会4月例会が東京九段のホテルグランドパレスで行われた。今回の講師は前農林水産大臣の自民党・参議院議員の林芳正氏が、「これからの政治・経済の課題」と題し、「GDPの停滞要因を正確に捉えるためには、国際基準を見直し、数字では計測できない価値を計上すべき」と述べた。今回は若手会員の姿も多く白熱した講演となった。
アベノミクスの評価
アベノミクスがスタートして2年経過した今、マーケットでは次のような中間評価をしている。
まず3本の矢の1本目である金融政策については、物価も株価も為替も目覚ましい成果を上げたので、スコアは「A」。2本目の矢である財政政策については、消費税は一度引き上げることができたが、財政再建はまだ道半ばであるために「B」。3本目の矢である経済成長戦略は、日本銀行や政府が決めるのは環境整備までであり、実際の企業の動きにつながっていないということで、枠外の「E」となり、これを並べると「ABE」で、「安倍」になるというジョークも出ている。
ただ最近では金融政策がBにグレードダウンし、TPPが大筋合意となったことで、経済成長戦略がCにアップして「BBC」くらいではないかと言われているが、いずれにしても経済成長戦略や企業の判断ということが、まだまだ弱いようである。
そのための政策を打っていくためにも、設備投資停滞の要因を細かく分析し、それぞれの処方箋を書く必要がある。そこで、「みずほ総合研究所」が作成したGDPに関する資料があるので、それを基にその要因を考えてみたい。
GDP停滞の要因とは
GDP統計上の設備投資の中には、現在、研究開発や暖簾といった無形資産、海外投資やM&Aなどの株式、中古設備活用などの増加が捕捉されていない。また、そもそも設備投資の効率がよくなり投資単価が低減していることや、クラウドの活用により設備投資の効率が向上していることも、設備投資の停滞の要因と考えられる。
従って、産業構造の変化やデフレによる投資抑制・先送り効果、企業マインドの「リスク回避」志向など、実態上の設備投資の停滞については、3本の矢のうち1、2本目の矢で対策していかなければならないが、設備投資効率がよくなったこと自体はそんなに悪いことではない。
GDPに計上されているものは、建物や機械などの有形固定資産とソフトウエアなどだが、著作権やライセンス、デザイン、研究開発などの無形資産が増加していることは計上されていない。そのため無形資産を増やして企業が強くなっているにもかかわらず、統計上は設備投資に反映されないので、今後は無形資産も計上されるようにして、みなさんにどんどん投資をしてもらう必要がある。ただし研究開発については、今年12月の新基準から設備投資に計上される予定である。
次に企業の有形固定資産投資と無形資産投資の実際の数字の推移を見ると、有形固定資産投資は停滞気味だが、無形資産投資は85年に30%ちょっとだったものが、今は45%に近づいてきいている。
本当は有形固定資産投資もあまり変わらず、無形資産投資が伸びてシェアが上がっていくのが望ましく、その姿がアメリカである。アメリカは2000年に入ったころから完全に逆転し、無形資産投資が5割を超えてきている。
GDP見直しの国際基準
今年はGDP見直しの年である。経済政策や消費税、W選挙をどうするかなどについても、GDPが多用されているが、実はGDPの測り方がどのように決められているのかを、あまり多くの人は知らない。
SNA(国民経済計算)国際基準は、最近は15〜25年の間隔で策定されており、国連やOECD、欧州統計局、世界銀行などの国際機関の事務局横断的な作業グループが中心になり検討を行っている。これを受けて我が国の統計局が、日本のSNA、つまり「JSNA」を作り、それに基づいてGDPが計算されている。
ただし日本は特に慎重に対応するので、他の国よりも時間をかけて新しい基準に移行している。今回も2008年のSNA国際基準に対応した改訂として、知的財産生産物の導入や研究開発を資本化することが、2016年の今年にようやく導入されることになっている。
後はJSNAのほうで人的資本や暖簾など、マーケティング資本に対する計測の手法をきちんと確立できれば、国際基準との整合性を持って娯楽作品の原本も、知的財産生産物に含まれるようになる。
機械設備などのハードだけでなく、データベースやブランド資産などのソフトの部分がだんだん価値を生み出し、経済を占めるようになってきたので、これを早急に計測手段を研ぎ澄ませて入れていく方向で、進めていかなくてはいけないと思っている。
お金に換算できない価値とGDP
この2008年SNA国際基準の次の対応として、お金は介在していないが実際には価値を出している、例えばブロスパリティ、豊かさ、サービスのようなものをしっかりと強くしていくためには、それを測る温度計というものを、我々は持っていなければいけない。
特に日本には、アメリカのようにディズニーはないが、歴史、伝統という点で多くのものを持っているので、日本から率先してそれらを国際基準に入るように発案し、新しい国際基準が決まっていってもいいのではないかと思う。
また、GDPに入れることが難しくても、その他の指標で見ていけたらと思う。現在、各国でそのような議論が進んでおり、フランスでは「ダッシュボード」を提案している。それは車のダッシュボードのように、アクセルを踏む時は速度計を、ガソリンの残量はガソリン計を見るように、いくつかの数字が同時に表示されるような仕組みだ。GDPに無理やり入れるよりは、ダッシュボードのように他の指標と並べていくことが大事である。
例えば「幸福感」を測る場合、あまりカチッとしたものはないが、内閣府が行っている「国民生活選好度調査」の中に、「幸福感と所得」という調査がある。その中の「世帯収入と幸福感」では、年収が1000万円ぐらいまでは、「収入が上がっていくほど幸福感が高くなる」と役所の資料には書いてあるが、1000万円以上になると幸福感が若干下がることから、必ずしも金持ちになるほど、幸福感が右肩上がりではないことが見てとれる。
OECDでも生活の質の国際比較をしており、どのように生活が豊かになっているかを11項目に分けて見ている。この構成要素を点数ごとに丸いグラフにしてみると、日本は「安全」と「教育」では高いが、「ワークライフバランス」や「生活の満足度」、「住居」が低い。ここをもう少し高くして、大きな丸い円にしていくことが非常に大事だ。
一方、私が農水大臣の時に、白書で「田園回帰」という特集を組ませてもらった。その中で都会の若者にUターン、Iターン志向が強い、つまり田園回帰の傾向が出ていることが分かった。U、Iターンの条件の第1位は職場であるため、地方にお金を落としてもらう仕組みをしっかり考えていくことが大事だ。例えばフランスやイタリアのワインツアーのように、日本の酒蔵に世界中から日本酒ツアーに来てもらい、日本酒を買って帰ってもらうことも一つの地方創生、職場作りになるのではないか。
こういうことを後押しするためにも、冒頭で申し上げた、GDPに入っていないもの、数字では計測できないものを、どれくらいしっかりと説明できる形で取り入れていくか。そこがすなわち、政策の対象になると考えている。
※講演全文は月刊『世界と日本』1265号に収録されます。また、要約は週刊「世界と日本」NO.2078号に掲載されます。
※講演の動画・資料は会員限定で「内外ニュースチャンネル」でご覧頂けます。
http://www.naigainews.jp/懇談会/懇談会動画/動画-林氏201604-会員専用/
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