Coffee Break<週刊「世界と日本」2208号より>
子どもを虐待・性犯罪から守るために
弁護士 Think Kids子どもの虐待・性犯罪をなくす会代表理事
後藤 啓二 氏
《ごとう・けいじ》
1959年神戸市生まれ。東京大学法学部を82年に卒業後、警察庁入庁。大阪府警本部生活安全部長、愛知県警本部警務部長、内閣官房内閣参事官を歴任。2005年5月退職、8月弁護士登録、西村ときわ法律事務所入所、08年7月後藤コンプライアンス法律事務所を設ける。全国犯罪被害者の会の副代表幹事(同会は18年に解散)。Think Kids(シンクキッズ)こどもの虐待・性犯罪をなくす会代表理事等。
近年、子どもが本来愛されるべき親からの虐待、教師や保育士、学童保育施設の職員等子どもが信頼し親密な関係にある者からの性犯罪の被害に遭うことが顕著になっている。
1 児童虐待の通報件数は一貫して増加を続け、本年には、8月に大津市で17歳兄による6歳の妹の虐待死事件(遺体には100カ所ものあざがあった)、大阪府摂津市ではシングル家庭の母親の交際相手が3歳男児に熱湯をかけて殺害する事件など悲惨極まりない事件が起こっている。
しかも、大津市の事件では児童相談所が対応中の家庭で、摂津市の事件は市が対応中の家庭における事件だった。
これまでも東京都目黒区結愛ちゃん虐待死事件、千葉県野田市心愛さん虐待死事件など児童相談所や市町村が把握しながら、縦割りのまま、警察に案件すら知らせず、十分な連携もせず、救えるはずの命が救えなかった虐待死事件が多発している。
子ども虐待は1つの機関だけで対応するより、多くの機関で子どもを見守ることとした方が子どもがより安全であることは自明だ。1つの機関だけの情報ではさほど危険とは判断できなくとも、多くの機関が有する情報を総合すればかなり危険な状況にあると分かることは少なくない。
また、多くの機関が子どもを見守ることで、より多くの機会で虐待の兆候に気づくことができ、連携して家庭訪問することで子どもの安否確認がより頻繁に行えることになる。
私たちは、2014年8月から、全国犯罪被害者の会(あすの会)、日本ユニセフ協会とともに、日本医師会等多数の賛同を得て、児童相談所・市町村・警察等の関係機関が全ての虐待案件を共有し連携して虐待から子どもを救う活動の態勢整備等を求める「子ども虐待死ゼロを目指す法改正を求める署名活動」を実施し、国、全国の自治体に要望活動を実施している。最近では私どもの活動に理解が広まり、多くの自治体で、児童相談所、市町村、警察が虐待案件を全件共有し連携した取組が実現している。
しかし、東京都や千葉県、福岡県等の児童相談所はわずかな案件しか警察と共有せず、少なからずの市町村では要保護児童対策地域協議会の実務者会議に警察を参加させない、あるいはその場で一部の案件しか共有しないなどの閉鎖的な対応のままで、厚労省もそれを改めようとしない。引き続き、必要な法制度と併せて、全国で児童相談所、市町村、警察との全件共有し連携しベストの態勢で子どもを守る活動ができる態勢の整備を求めていくこととしている。
2 次に、子どもへの性犯罪は、見知らぬ者によるもののみならず、親密な関係にある大人、本来子どもを守るべき教員・保育士、学童保育施設職員やシッター、あるいはスポーツ指導者等によるものが多発しており、子どもの性被害が深刻な状況だ。
教員による子どもへの性犯罪対策として、本年5月にわいせつ教員排除法が成立し、効果が期待されるところだ。一方、学童保育施設職員やシッター、学校ボランティア、スポーツ指導者などによる子どもへの性犯罪については、いまだ有効な対策が講じられていない。過去に性犯罪を行った者でも、このような子どもに日常的に接する業務に就くことは禁止されておらず、今もこのような者がこれらの業務に多数入り込んでいる実情にある。また、学校やこれらの職場では、子どもへの性犯罪防止対策がほとんど講じられず、それを義務付ける法令もない。
そこで、学校・保育所・学童保育施設の職員、シッター、あるいはスポーツの場や地域で性被害に遭うことの防止「子ども性被害保護法(仮)」の制定が必要だ。具体的な対策は次のとおり。
①性犯罪で有罪の確定判決を受けた者は、犯罪ごとに定める一定期間、シッター、学童保育施設・児童養護施設職員、学校ボランティア、学習塾講師、スポーツ指導者等子どもに日常的に接する業務に従事してはならないこととする。これらの業務を営む事業者・スポーツ団体は雇用(有償無償を問わない)、会員、指導者として登録する際には国に性犯罪の前歴等につき確認しなければならない。
②学校及び子どもに接する業務を営む事業者は、文部科学省、警察庁等関係機関が定
める「子どもを性被害から守るための指針」に従った対策を講じなければならないこととし、指針には、原則として他から見えない場所で子どもと1対1にならない、子どもの送迎車にはドライブレコーダーを装備、死角となりやすい場所には防犯カメラを設置、子どもとのメールのやりとりは原則禁止、子ども、保護者から性被害の訴えがあったときは部内でうやむやにせず警察に連絡、事実解明は警察に委ねる、などと定める。
また、このような子どもへの性犯罪の多発は、子どもを性の対象とすることを容認する社会風潮があることと関連していると考えられる。わが国では、性交同意年齢が13歳と他国と比べて低く、多くの国では当然に禁止されている着エロとよばれる幼児から小学生を被写体とした写真集の販売やJKビジネスなど子どもを性的に搾取する行為が公然と行われ、児童ポルノの規制も甘いという問題がある。
そこで、子どもへの性犯罪を防止するためにも、このような子どもを性の対象として容認していると言わざるを得ない制度の改善、法改正が必要と考える。
3 以上については、私たちから2014年から何度となく国や自治体に対して要望書を提出するなどして働きかけており、本年3月には総合的な取り組みを求めるものとし
て、「子ども虐待・子どもへの性犯罪ゼロを目指す法改正を求める要望書」として提出した。
子どもを守る取り組みは、多くの官庁や警察、市町村、学校、児童相談所など多くの機関にまたがる。それが今は縦割りのままで、必要な法制度の整備もできず、現場でも連携しての活動ができていない。政府はこども庁の創設を目指すこととしている。こども庁の創設により、関係官庁・関係機関の縦割りを排し、国では必要な法制度の整備を行うとともに、現場では関係機関が十分に連携して、ベストの力を発揮して子どもを虐待と性犯罪から守る活動を行う態勢の整備が望まれる。