Coffee Break<週刊「世界と日本」2227号より>
爽風エッセイ
“Bee Change The World”
(銀座ミツバチプロジェクト副理事長)
田中 淳夫氏
銀座の屋上で養蜂を始めて17年目迎え、今シーズンも酷暑が続く屋上での作業が続いている。目標としている2トンの収穫も間近(まぢか)である。
この数年、コロナ禍で不要不急と言われても、季節になれば花が咲いてミツバチ達は一生懸命蜜や花粉を集めてくる。繁華街の真ん中でも命の営みは続いている。
一方で銀座から広がったミツバチプロジェクトは現在100カ所以上広がったと言われている。以前から縁が有ったプロジェクト仲間でオンライン会議を始めて既に2年が経過したが、気心が知れた各リーダーに声をかけ、そろそろ全国のミツバチプロジェクトをまとめる団体でも作ろうか?と尋ねたら、もっと早くいって欲しかった!今すぐ銀座に集まるから日時を指定して!等など驚くような好意的な反応をもらった。
現在その準備に入っている。それぞれは小さくて弱い存在でも、纏(まと)まると強くなる。何よりも地域の課題に向き合って自ら行動しているプレーヤー達だ。大手企業などは銀座とだけコラボするだけでなく、ネットワークを活かして一気に全国の様々な団体と企画を練る事が出来るので、今までよりも選択肢が広がって来ている。早速、積水ハウスの「5本の木プロジェクト」とコラボして銀座、梅田、名古屋で子供たちへの環境教育プログラムが始まった。今後もこうした全国のネットワークのつながりを活かして、各団体と連携を加速して行こうと考えている。
様々な地域や団体からも立ち上げ支援の相談が多数寄せられていた。東京の自由が丘の丘バチ、江古田ミツバチ、江東区ミツバチ等。東京以外でも札幌大通公園のサッパチ、名古屋のマルハチ、大阪梅田ミツバチなどの支援をし、多くの団体は活動が10年を超えている。しかし、残念ながら途中で活動を休止する団体も出て来ている。そこで、今年から岡山天満屋と千葉商科大学と明海大学の3団体の支援事業を開始した。
毎月開催するオンラインの会議の中で、順天堂大学の千葉吉史先生の話が特に印象に残った。以前から生き物に触れたり食べるものを育てるために土に触れたりする事で精神的に落ち着くと言われてきたが、先生は農的活動の前と後で唾液を採取して検証するとストレスホルモンが急速に下がり、幸せホルモンが上昇する事が分かってきたと説明する。
更に先生曰く、大手企業の精神疾患に関する経済損失が年間8兆円あると言う。一方で農水省の農産物売上額は年間9兆円程度である。という事は、もし都会の屋上でミツバチなど生き物に触れたり、土を触り食べるものを育てたりして精神的に落ち着いた生活を取り戻し疾患による損失が1兆円下がったとすれば、農産物売上が年1兆円増えたと同じ効果があると言える。まさに、都市の中にこうした機能を取り込んで社会の不安を取り除く事こそが大切なインフラになる。コロナウイルスが世界中に蔓延し、人々の行動が制限されて、それと共に人と人のつながりも途絶えがちになった。IT機器を使えば、リモートでも仕事や学びが出来るかもしれないが、人の幸せが満たされるとは限らない。人は一人では生きられないし、人生の充実は様々な経験と多くの多様な価値を持つ友人を作る事でも有る。ブータンの国王は「幸せは人と人の間にある」と言う。まさに都市に生きる私達が、ほんの一息、友人たちと屋上で農的活動を過ごすことで、今までと違った豊かな時間を過ごす事が出来る。結果多くのビルの屋上が緑で覆われ、俯瞰してみれば都市が里山に見える。懐かしい未来の風景が見えてきた。
防大生の心意気、涙と爆笑
(平和・安全保障研究所副会長)
西原 正氏
防衛大学校は、横須賀にある自衛隊幹部になる候補生たちの学校である。本年4月現在で約1780名の学生、内210名が女子学生。また11カ国から114名の留学生が来ているそうだ。
この学生たちは全員寮に住み、4年間の集団生活の中で上級生は下級生を指導し、訓練を通して指導力を築いていく。私も教官としてまた学校長として学生を見る立場にあった。1年生は4年間の防大生活を通して精神的および肉体的に大きな成長を遂げる。これは見ていて本当にほほえましい。一般の大学生と同じ量の勉強、宿題などが要求される上に、初歩的な軍事訓練や体力増進訓練をこなさなければならない。そのためスケジュールの詰まった毎日で、素早く行動から行動に移すのが常道になる。
比較的簡単なところでは、朝6時(冬は6時半)に起床ラッパとともに起き、ベッドを整頓して5分後には学生舎前の広場に集合し、体力訓練(冬は冷水摩擦)をする。その後に食堂で朝食を済ませて(下級生は上級生の使用済みの食器を片付ける)、班ごとに隊列を組んで教室に行く。
これ以外に体力訓練がある。1年生の7月には、全員8キロの遠泳行事に臨まなければならない。その日には、防大の最寄りの東京湾の浜辺から集団で朝8時ごろに出発する。8キロを約5時間半かけてゆっくり泳ぐので帰着は13時半位になる。もちろん空腹になるので、各自スポーツ用エナジージェルを腰に付けておく。こうして8キロを泳いだ学生たちは、大きなことをやり遂げたという満足と自信で涙を浮かべて喜び合う。そして顔かたちが変わったようにしっかりした青年男女になる。これを見て私はいつも本当に嬉しく思い、かつ体力訓練の重要性を感じていた。
私が学校長の時のある年の遠泳で、モンゴルの1年生の留学生が遠泳に臨んだことがある。その学生は、わずか数カ月前の3月末に防大に派遣され、生まれて初めて海を見、3カ月後に生まれて初めて泳ぐことになった。しかし指導教官の指導と励ましで、皆よりも相当に遅れたがついに完泳したのである。彼はどんなにか自信を持っただろうかと、私は浜辺で嬉しくて一人涙をこらえて励ました。遠泳は、留学生も入れて学生たちが心身共に成長する貴重な機会であると痛感した。
防大生は狭いところでの学生舎、とくに先輩—後輩関係の強いところに居住し、息苦しいときもあるだろう。夜の睡眠時間も十分とれないかもしれない。そのためだけではないだろうが、防大生は授業時間によく居眠りをする。極端な場合には、授業が始まると眼鏡をはずして仮眠をとる態勢に入るものもいる。私が防大に勤務して暫くしたある時、猪木学校長から「次の全学生(約1800人)の集会でどんなテーマでもいいから学生に話をするように」と指示されたので、東南アジアの政治動向について話した。そして「東南アジアに行く人は気候が暑いので睡眠を十分とって休むことが大切です。その点、諸君は毎日教室で教官の声がどんなに大きくても着実に睡眠をとる訓練(!)を積んでいるから大丈夫です」と言ったら、学生たちの大爆笑を得ることとなった。防大生は素直で明るく、ユーモアを解する若者だと強く感じた。