Coffee Break<週刊「世界と日本」2233号より>
銀座のミツバチが生む新しいつながり
NPO銀座ミツバチプロジェクト
副理事長
田中 淳夫氏
《たなか あつお》 1957年東京生まれ。79年日本大学法学部卒業、(株)紙パルプ会館に入社。2011年専務取締役。2006年「銀座ミツバチプロジェクト」を立ち上げ、10年に農業生産法人(株)銀座ミツバチを設立、代表取締役に就任。著書に『銀座ミツバチ物語』『銀座ミツバチ物語part2』(時事通信出版)など多数。
働きバチはお父さん?
皆さんはミツバチの生態をご存知だろうか?花に訪花して忙しく飛び回っている姿を見て、「働きバチ」はお父さん、と思っていたら大きな間違い。ハチやアリは女系社会で、餌と取ってきたり、子育てしたり、敵が来たら戦うなどは全て雌の役割で、それでは雄は何をしているの?と思われるが、雄は何もしないが唯一仕事は交尾して遺伝子をつなぐ事とである。雄バチのような怠け者をドローンと言いあの空を飛ぶドローンの語源でも有る。
雌である働きバチの一生は、生まれるとすぐに最初3日間お掃除係として働きだす。新人はお掃除からが鉄則だ。4日目から幼虫に花粉とハチミツを混ぜた餌を与える育児係へ、更にお腹から蝋を出して自分の触角のサイズで計りながらハニカムの巣を作る。これが幼虫のベッドであり蜂蜜の貯蔵庫でも有る。女王蜂のお世話の後20日にかけて飛ぶ練習しながら門番をする。こうして真っ暗な中で、企業でいえば人事総務の内勤をこなしてから、外の世界へ、そう営業に代わる。しかし、外の世界は楽しいが厳しい。
飛んだ瞬間に鳥に食われるかもしれないし、訪花した花でクモの網に掛かってしまうかもしれない。突然のゲリラ豪雨で体が冷えると飛べなくなって帰れない。自由に空を飛んで満開の花に降り、朝から花蜜と花粉をせっせと運んで外での活動は10日ほど、やがて1カ月の短い生涯を終える。彼らにとって一番大切なことは次の命へつなげる事なのだ。
公園や街路樹の樹々は、人間の都合で植えられて自分で動く事が出来ない。だから花を咲かせてもミツバチのようなポリネーターが来なければエネルギーでもある花蜜は夕べには吸ってしまう。しかし、ミツバチが来る事によって、樹々は元気に花を咲かせてたくさんの花蜜と少量の花粉を提供して潔く花を散らし実をつける。まさに大都会の中でも命のつながりが広がっていく。
一方、銀座の屋上でもハチミツが採れると、名だたるシェフやパティシエ、バーテンダーなど腕に覚えのある職人たちが集まって、次々と地産地消の銘品が誕生。銀座は老舗であって老舗でなく、銀座の職人たちは常に新しいことへのチャレンジャー。世代を超え、職業を超えてコミュニティがつながって行く。まさにつなげる事がミツバチの役割だ。
都市養蜂が広がって
2006年から始まった私達のプロジェクトはこの夏17年目のシーズンを終えた。銀座で3カ所、丸の内2カ所合計2200㎏蜂蜜が収穫できた。国内生産量が2800t前後なのでこの狭いエリアで0・08%の生産が出来た。こうした話題が刺激となり、最近まちで養蜂をする都市養蜂が盛んになって来ている。
そこで、私達はこれからプロジェクトを立ち上げようとする団体の支援事業も開始した。
今年3月に千葉商科大の国府台ビーガーデン、明海大学うらやすミツバチプロジェクト、岡山の天満屋持ち株会社丸田産業の岡山ミツバチプロジェクトと3団体の立ち上げを支援したところ、どの団体も短期間に予想を超える成果を上げてシーズンを終える事が出来た。
岡山では、3月巣箱設置する日に蜂放式を企画。ビル協会会長、町会長、JA岡山、岡山大学、天満屋の会長社長含む40名超える来賓を招き岡山神社宮司が祝詞奏上して玉串奉奠。多くのメディアを通してお披露目が出来た。こうして短期間に様々な商品が誕生し地域発の話題をさらう。更に高校生たちの勉強会、地域ボランティアのネットワーク構築、岡山大学とフォーラム開催してSDGs先進県をアピール出来た。将来地域に欠かせない環境団体として成長して頂きたい。
大学でも、プロジェクトスタート時に多くのメディアが注目して学生たちが夢と抱負を語り、その全てがどんどん実現していく。コロナ禍で2年間リモート続きだった学生のパワーは全開だ。実は女王蜂がいなくなったり、分蜂が起きたりとその度に学生たちは責任をもって対応し目の前の困難に立ち向かった。更に地元の中高生たちや障がいのある団体とも連携が始まり、ふるさと納税返礼品としての準備も進行中だ。
こうした銀座の活動が刺激になって、都市養蜂が札幌から鹿児島、更には沖縄まで広がって100団体ほど出来たから驚きだ。来年、丸の内にあるエコッツェリア協会の協力を得てこの都市養蜂の仲間が集う社団法人を作ろうと動き出した。一つ一つの団体は小さくてか弱いが、地域の課題に向き合って自ら行動しているプレーヤー達がつながる意味は大きい。
つながる事で夢の扉が開く
17年目のシーズンを終えて思うのは、当時と比べると桜含め多くの花が物凄いスピードで開花していく。昆虫などの生き物が育つ前に花が散ってしまうのではと心配している。ミツバチを飼うから見えてくるが、もしこれが地球規模で命のズレが起きているとしたらどうだろう。花を咲かせても実がならない世界。
2008年、国連は都市人口が農村人口を超えたと発表。今後ますますこの傾向は進み、わずかの面積にたくさんの人口が集中して地球環境に影響を与えている。2015年に73・5億人、2050年には93億人超えると予測する。まさに地球に負荷をかける「人新生の時代」である。2021年イギリスで開催されたCOP26では、産業革命前に比べ平均気温を1・5度までに抑える事を世界共通の目標と定めた。2度まで上昇すると海のサンゴは9割絶滅し、昆虫の類は4割が消える。その影響は、昆虫を食べる鳥の減少、何より植物に影響が出るのは目に見えている。こうしてミツバチ含め昆虫の減少は多くの生態系に影響が有ることが分かっている。命は全てつながっている。分かっているはずなのに、人間は愚かにも戦争までおこして地球に迷惑を及ぼしている。
子どもたちは、人間が作る気候変動の影響で多くの野生動物が苦しみ海洋生物がプラスチックを食べる現実やCo2が減らないことを見ている。今や、高層ビルも木造で出来る時代になって来た。屋上緑化や壁面緑化を組合せ都市から多様な生き物と暮らす世界が実現出来ると、俯瞰すれば都市に里山が出現する。
SDGsを見える形で発信し、人と人、人と自然、都市と農村をつなげる社会の実現が、都市間競争時代に次の成長を生んでいく。幕末の儒学者佐藤一斎の「言志四録」の一節「一燈を揚げて暗夜を行く、暗夜を憂うなかれ、ただ一燈を頼め」の想いをもって前に進めば、明るい光は見えてくる。