創業三十周年記念懇談会 記念講演
京セラ名誉会長・稲盛和夫氏
記念講演「人生について思うこと」(講演要旨)
私は今年の1月で満70歳になった。京セラという会社をつくっていただき42年がたち、売り上げも1兆円を超える規模になった。約20年前につくらせていただいた第2電電も現在ではKDDIと名前を変えて、売り上げ約3兆円の規模の会社となった。そういう人生を歩いてくるなかで昨今、人生について思うことがいろいろある。
約400年前、中国・明の時代に袁了凡という人が書いた『陰隲録』(いんしつろく)という本がある。それには、運命というのは、生まれながらにして人それぞれに決まっているというふうに説かれており、私はそれを信じている。
近代的な学問を修めた人からみると、運命というものはあるわけがない、偶然が織りなすものが人生だと理解している人が大半だろう。しかし、人類は有史以来、運命のようなものがあるようだと薄々感じ、自分の将来を知りたいと研究をしてきた。中国では易学、ヨーロッパ、インドでは占星術が発達した。 人生を考えるとき、縦軸には運命という道がしっかり決まっているように思う。その中でわれわれが、自分の考えに基づいて実行すると、それが原因=「因」となって結果を招くという因果の法則というものが横軸にある。つまり縦軸の運命というものに沿って生きているけれども、その節々ではいろんなことを考え実行していくから、それによって「果」が生まれる。その因果の法則というのは実は運命よりも強い、運命を変える力がある。私はそれを強く信じている。
いいことを思い、いいことをすればいい結果がある。悪いことを思い、悪いことをすれば悪い結果があるという、因果の法則があるといった。しかし、世の中にはまじめでいい人で恵まれない人生の人もいれば、悪い人がいい生活をし、お金持ちになったり、名声や地位を獲得していることもある。不公平ではないか、おかしいではないかと思う人もいるだろう。実は、この因果の法則というのは、結果が出るのに少し時間がかかる。
『シルバーバーチの霊言集』という降霊会における霊魂の話を集めた翻訳本がある。この本には、アメリカインデアン・シルバーバーチの霊魂が「この世から(われわれからいうとあの世だが)皆さんの住んでいる現世を見通してみると、因果の法則は寸分の狂いもなくピタッと合っている」と話したという記録がある。来世まで通じてみれば、因果の法則というのはあるのだと信じている。
人間の心は、理性とは離れた別個のところにお釈迦さまがいうところの煩悩という本能に近いものがある。煩悩は百八つあるといわれるが、大きい煩悩は3つある。欲、怒り、そして愚痴である。それに基づいて出てくる考えが、悪い考え、悪い行いだと思う。
では、なぜいいことを思い、いいことをすればいい結果が生まれるのか。それは、この宇宙にはすべてのものがいい方向に行くようにという意思がある。意思というよりは、そういう「気」があると、私は理解している。 宇宙には、森羅万象あらゆるものが発展・成長するような方向へ押し流していく法則があるといってもよい。キリストはこの宇宙には愛が偏在しているといった。お釈迦さまは慈悲の心が宇宙に充満しているといわれた。つまり宇宙には、すべてのものがよかれかしという慈しみ、優しい思いやりの思いが流れている。そうした流れに逆らって生きようとしても、うまくいくはずがない。
私は65歳のとき出家得度をした。ちょうど胃がんが見つかり手術をしたが、そのあと修行、勉強をし、信仰というものを持つことができた。その中でお釈迦さまが説かれる「六波羅密」という修行方法があることを教えられた。最初が布施。これは広く世のために尽くす、利他である。2番目が持戒。戒律を守りなさい、煩悩を抑えなさいということだ。3番目が精進。一生懸命働くことが解脱への道だという。4番目が忍辱(にんにく)。苦しい人生を生きていくためには耐え忍びなさい、それが大きい修行の一つだ。5番目が禅定。たまには座禅をしなさい。座禅の習慣がなければ、1日1回は心を静めなさい。そうすれば6番目の智慧に至るというふうにお釈迦さまは説いている。
先ほど、いいことをすることが人生でいちばん大切だと言ったが、いいことを思い、いいことをするというのは、心を磨くということである。心を磨くと純粋に美しい心になっていく。私は全国で「盛話塾」という中小企業経営者の勉強会をしている。そこでは「心を高め経営を伸ばす」ことをめざしている。私は「利を求むるに道あり」と言っている。利を求めるには、人間として正しい道を踏みすえていかねばならない。私は、今こそもう一度心というものを考え直すべきではなかろうかと思っている。
(講演全文は近くじゅん刊『世界と日本』に収録、刊行します)
(週刊「世界と日本」1535号 2面より)