創業三十五周年記念懇談会 記念講演
トヨタ自動車会長・張富士夫氏
記念講演「マスコミに期待すること」(講演要旨)
内外ニュース35周年、誠におめでとうございます。心からお祝い申し上げます。
「マスコミに期待すること」というテーマだが、私なりに今までマスコミとかかわった経験など、思っていることをお話ししたい。
会社に入ったのが昭和35年。最初に配属になったのがPR課で、社内報、社内新聞をつくっていた。3年目からは豊田市にある各社の通信部、地元のマスコミにパブリシティを渡す係になった。記者の方とあまり年が違わないので友達にならなくてはと、しょっちゅうお付き合いをした。特に麻雀ではしっかりと鍛えられた。
その後、現場に入り10年くらいたった頃、トヨタの生産方式が注目を浴びるようになり、いろいろと取材を受けることがあった。
1986年にアメリカにいったが、まったく初めてなので、どうやって溶け込んでいけばよいのか分からなかった。やはり一番大事にしなければならないのはマスコミだと。広報部長にちょっと高いお金を出して優秀な方に入ってもらい、ナンバー2の副社長にも担当してもらった。
工場ができ、お披露目の開所式をしたが、大変なトラブルが起きた。たくさんの新聞、テレビ、雑誌の方を招いたが、その中の一人が従業員にインタビューをさせないと怒りだした。開所式や記者会見の最中、ワーッと何か英語でいう。
翌日の新聞に相当ひどく書かれるなと覚悟していたら、大変いいことがきちっと書かれていた。それはそれ、これはこれ、記事はフェアに書くんだと彼らが説明してくれた。
アメリカの新聞は必ず著名入りで記事を書くのだと知った。それから取材相手のいったことは、クォーテーション・マークで囲って書く。また間違ったとか、非常に名誉を傷つけた、損害を与えたというときは、すぐ訴訟になる。この3つが日本と違うと聞いた。
1994年に帰国し、広報担当常務ということで、日本のマスコミの皆さんと親しくお付き合いするようになった。そんなことで、マスコミに期待することを3つばかりお話ししたい。
1つは、「マスコミは社会の木鐸である」といわれるが、やはりそういうものになっていただきたい。常に大事な方向を指し示してもらいたいと、強く感じている。それは大義であったり、志であったり、この国が向かう大きな方向であったり、いろいろあると思う。だ
がベースは国益とか、みんなのためにいいこととか…。マスコミは揺るがぬ座標軸を示していただくことが大事だと思う。
2つ目だが、われわれは製造現場だから機械が故障したり、不良品が出た時に、必ず原因追及を5回することにしている。先輩がうるさく仕込んでくれたから、われわれも部下に向かって5回、なぜを繰り返せといっている。現象のすぐ後ろには原因がある。だがこれは見せかけの原因で、なぜ、なぜと5回くらい追及すると、本当の原因に当たる。これを真因といっている。
ボルトかナットが緩んで油が漏れる。油が漏ったから加圧力が減ってきちんとものができなかったということもある。なぜ緩んだのか。それはなぜだ、なぜだと。学校で教える5W1Hというのがあるが、トヨタは全部Whyだと。Whyを5回繰り返し、真因にぶつかるとそれからHowだ。
マスコミに期待することは、ぜひそういう因果関係をきちっと調べてもらいたい。こいつが悪いことをやった。どうしてそのひとがそういうことをやらなければいけなかったのか。それをずっと掘り下げて、全体のメカニズムのようなものを、ぜひわれわれに知らせてもらいたい。そうすることで、社会現象の多くの部分は本当の原因に近づき、何か手を打てるのではないか。
3番目は期待というよりも、むしろお願いだ。アメリカ人と接すると、彼らはみんな自慢しかいわない。そこでバッドニュース・ファーストだ。うまくいっている事はいわなくてもいいと。
しかし彼らは「ミスター張、褒めることが大事なんだよ。アメリカ人は褒めなければだめだよ」と盛んにいう。アメリカ社会は褒めることが上手だ。例えばケンタッキーでは、地域社会でコツコツとよいことをした人を、毎年12月に、みんなの前で表彰してあげる。盾一つをあげて拍手を送る。
海外から見ると、日本は社会格差も少ないし、安全な国だと思うが、日本のテレピ、新聞はバッドニュースばかりだ。もっと褒める文化を日本に定着させられないか。目立たない所でコツコツやっている人を表彰するとか、褒めることをぜひやってもらいたい。
(週刊「世界と日本」1766号 3面より)