内外ニュース懇談会 講演要約
講演
「地図のない道を行くための心得」
東海旅客鉄道株式会社
代表取締役名誉会長
葛西 敬之 氏
内外ニュース東京懇談会12月例会は15日、ホテルグランドパレスで、東海旅客鉄道(JR東海)代表取締役名誉会長の葛西敬之氏が「地図のない道を行くための心得」と題し講演した。国鉄分割民営化でJR東海が発足してからの30年を振り返り、東海道新幹線の足跡から超電導リニアによる中央新幹線計画まで語った。(講演要旨は次の通り)
捨て身の覚悟で切り開いた30年
国鉄から分割民営化してJR東海が発足し、31年目に入った。ロケットに例えれば、最初の創業期を打ち上げの時期とすると、現在は創業第2期で軌道に乗った時期と言える。
これまでの30年を振り返ると、誰も通ったことのない、地図のない原野を行くようなものであった。私は地図のある道を行くよりは、地図のない道を行く方が性に合うようで、これまで捨て身で取り組みつつも、一方で楽しんでいる自分がいた。その間、何を考え、どういう心構えでやってきたかも含め、30年間の足跡を紹介しながら、お話ししたい。
まず、東海道新幹線について。東海道新幹線の沿線エリアは国土面積の約1割だが、日本の人口、GDPのそれぞれ約6割が集中している。また、日本の政令都市20のうち12がこのエリア内にあり、まさに日本の大動脈と言える。現在、東海道新幹線の運行列車本数は、1日平均365本、1時間あたり最大15本であり、1日の輸送人員は45万人に上る。
分割民営化でできた鉄道会社の中で、JR東海は東海道新幹線という非常に収益性の高い路線を継承した。一方で、運輸省は国鉄分割民営化時に「新幹線保有機構」を作って新幹線構造物を一元管理し、各社に負担させるリース料により国鉄の多大な債務を返済する仕組みとした。
その枠組みの中で、JR東海の負担は5兆円を超え、発足当時の営業収益約8,700億円の約6倍に相当し、経営は予断を許さない状況で始まった。
これに対し我々が選択できる戦略オプションは3つあった。1つ目は債務の返済を最優先し設備投資は極力抑制すること、2つ目は対航空競争力を強化するために設備投資を積極的に進め、新幹線の近代化を図ること、3つ目は両方をうまくバランスよく行うことである。
一般的には3つ目の選択肢を取りがちだが、我々には東海道新幹線という日本の大動脈を守る使命があり、捨て身の覚悟で2つ目の選択肢を取ることにした。その結果うまくいったのだが、これは選択が間違っていなかったことに加え、低金利時代という天祐があったからだと思う。
発足以来、JR東海が取り組んできたことは大きく4つある。1つ目は先述の「新幹線保有機構」の早期解体で、そのために発信力のある方の理解と協力を得つつ、株式上場というタイミングを活用して成功させた。
2つ目は東海道新幹線の強化で、まずは新車を投入し、それに合わせ車両を全て16両に統一して汎用性を高めた。さらに技術開発で最高時速270km化を進めるとともに、品川駅の建設を進め、輸送力、競争力を強化した。
3つ目はリニアの開発で、会社発足直後にリニア対策本部を設置して技術開発を先行させつつ、実験線の建設なども行い、JR東海がリニア方式の中央新幹線を東海道新幹線と一元経営するという方向に進めた。
4つ目は名古屋のセントラルタワーズの建設である。JR東海発足と同時に、オフィスや百貨店、ホテルなどを一体化させた駅上の複合立体都市を造るというコンセプトで検討を始め、平成11年に竣工させた。都市の中心が複眼構造になっている東京と異なり、名古屋では東海道新幹線、JR在来線、名鉄線、近鉄線、名古屋市営地下鉄東山線・桜通線のすべてが名古屋駅から放射線状に結節している。
この名古屋地区で、当社は東海道新幹線の強化を進めるとともに、在来線を東海道新幹線のアクセスネットワークと位置づけサービス強化を行ってきた。その交通至便性が複合立体都市としてのタワーズと結びつき、予想を超える相乗効果を生み、名古屋地区は三重、岐阜、長野、静岡県にまで広域化した商圏のハブとして飛躍を遂げたのであった。
これらの取り組みにより、経営全体では最大約5兆5,000億円あった長期債務は約1兆9,000億円まで、支払利息は約3,500億円あったものが600億円まで縮減することができ、経営状態は大きく改善された。
そして、約2,200億円だったキャッシュフローは約5,600億円まで増え、この大幅に増加したキャッシュフローをもとに、我々は将来の東海道新幹線の旅客に還元すべく、中央新幹線の建設を進めているところである。
その中央新幹線については、平成2年の実験線18.4kmの自己負担での着工を皮切りに、平成19年には東京~名古屋間、平成22年には東京~大阪間の自己負担での建設を決定し、平成23年には国土交通大臣よりJR東海が建設・営業主体に指名された。また、同年、超電導リニアに関する技術基準が制定され、ここにリニア方式による中央新幹線の一元経営という会社発足当初からの戦略が結実したのである。
このように、会社発足当初に設定した4つの戦略は、捨て身の覚悟により取り組んできた結果、全て成功裏に進められてきた。今後も、JR東海は東海道新幹線と中央新幹線の一体経営により、東京~名古屋~大阪間という日本の大動脈を守る使命を将来にわたって果たし続けていくのである。
《かさい・よしゆき》 昭和15年生まれ。東京大学法学部卒業。日本国有鉄道入社。米国ウィスコンシン大学経済学修士号取得。東海旅客鉄道株式会社代表取締役社長、会長を歴任。現公職、宇宙政策委員会委員長、財政制度等審議会財政制度分科会臨時委員他。著書に『未完の国鉄改革』『国鉄改革の真実~宮廷革命と啓蒙運動~』『明日のリーダーのために』『飛躍への挑戦 東海道新幹線から超電導リニアへ』。
※講演全文は月刊『世界と日本』1285号に収録されます。また、要約は週刊「世界と日本」NO.2118号に掲載されます。
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