教育特別企画
人づくりは、国づくり。21世紀の日本にふさわしい教育体制を週刊・月刊「世界と日本」の執筆者、専門家のインタビュー記事等の情報を掲載して参ります。
2023年8月21日号 週刊「世界と日本」第2251号 より
進化するグローバル教育の最先端を探る
-ダブル・ディグリー・プログラムの魅力-
昭和女子大学
総長
坂東 眞理子 氏
《ばんどう まりこ》
昭和21年富山県生まれ。
44年東京大学卒業。同年総理府入府。60年内閣総理大臣官房参事官、平成6年総理府男女共同参画室長、7年埼玉県副知事、10年在オーストラリア連邦ブリスベーン総領事、13年内閣府男女共同参画局長。15年昭和女子大学理事、16年同大学女性文化研究所所長、同大学大学院生活機構研究科教授、17年副学長、19年学長、26年理事長、28年総長に就任。主な著書に、
『女性の品格』、『70才のたしなみ』、『女性の覚悟』など多数。
世界のグローバル化が急速に進む現在、日本でも国際化を意識した教育を行う大学が増えてきました。海外での体験学習プログラムやインターンシップなどを含む、多様な海外留学制度を充実させている大学の中でも、最近注目されている制度の1つがダブル・ディグリー・プログラムです。まだ、あまり聞き慣れない「ダブル・ディグリー・プログラム」とはいったい何なのか。これからの社会のグローバル化に対応できる人材の育成と受入側の企業の方に向けてお伝えしたいと思います。
ダブル・ディグリー・プログラムとは
一般に、大学におけるダブル・ディグリー・プログラムとは、複数の連携する大学間において、各大学が開設した同じ学位レベルの教育プログラムを、学生が修了し、各大学の卒業要件を満たした際に、各大学がそれぞれ当該学生に対し学位を授与するものをいいます。
昭和女子大学では2014年度に中国の上海交通大学との間でダブル・ディグリー・プログラムをスタートし、現在は韓国の淑明女子大学校やソウル女子大学校、アメリカのテンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)、オーストラリアのクイーンズランド大学へと拡大しています。このプログラムに参加する学生は、いずれも留学先で現地の学生とともに授業を受ける正規留学で必要な単位を取り、海外大学の学位を取得します。昭和女子大学で3年間、海外提携大学で2年、計5年間学び、昭和女子大は現在までに70名以上の修了者を輩出しています。
ところが、学生たちの就職試験で企業の方がダブル・ディグリー・プログラムについてきちんと認識してくださらない。学生からしてみれば、自分は努力して本当に頑張って、先生たちにも応援してもらって挑戦し成し遂げたのに「社会へ出たら誰にも知られてない」というのでがっかりしています。それで、ダブル・ディグリー・プログラムとはいかなるものかということを広く宣伝するのは我々、大学側の責務ではないかと気合いを入れています。
語学留学との違い
そもそも留学と言っても色々なレベルがあるということを認識していただきたいです。一番に多いのが「語学留学」です。例えばアメリカの語学学校。日本にも日本語学校があるように、語学学校で言葉を教えます。誤解していらっしゃる方が多いのが、大学で語学を学ぶ場合です。例えば、昭和女子大学でも留学生向けに日本語集中講座というのがありますけれども、基本的には大学の通常の授業を取るのではなく、語学の勉強だけをするプログラムです。留学生を受け入れたときに授業についていけるための準備をするというコースです。米国などでは大学付設の語学学校があり、そこで入学準備をします。
語学学校や大学併設の語学学校で語学を学ぶだけの留学と、大学の正規の授業を受けて単位を取る留学とは、どこが違うのでしょうか。語学を道具として使いこなして、アメリカでは、現地の学生に対して英語で行われている授業を履修する。もちろん、留学先によって、中国語、あるいはフランス語、ドイツ語、スペイン語などで授業は行われています。言葉だけ分かっても中身が分からないと、単位は取れません。高い語学力はもちろんのこと、参考文献を読んだりディスカッションをしたり、レポートを提出するためには科目の内容の理解が必要です。語学留学者と異なり求められるレベルが高い分、挑戦する学生は大きく成長します。
日本へ来る留学生でも、まず日本語をある程度の水準まで理解して日本の大学へ来て、その後大学の専門の授業を学ぶという様に2段階で卒業単位を取ります。日本から海外へ行くときも、同じく2段階あるということをぜひ承知していただきたい。そして、その語学留学は大抵の場合、1学期、せいぜい長くて1年です。中には短くて2週間とか、夏休みだけとか、そういう語学留学もあります。
日本と海外2つの大学の単位が取得できる
語学力のある人たちが、海外の大学の授業を受け他の学生と同じように政治学や経済学、歴史学などを勉強して、現地の言語で正規のレポートを提出したり、試験を受けたり面接を受けたりして単位を取る。これが留学です。これも一学期か二学期留学し、単位を取り、それを昭和女子大学の単位として認める認定留学もあります。
昭和女子大学では中国の名門校・上海交通大学と協定を結んだことにはじまり、タマサート大学、ワルシャワ大学など世界各国の49大学と協定を結び、認定留学に送り出しています。
授業料を払って留学すると「ディグリーミルズ」というか、とにかく出席さえしていれば、甘い点数を付けるような大学もあるので。正式に単位として認定するかどうかというのは、その大学、結構、相手の授業内容をチェックしています。
提携校の場合は、提携先の大学の単位を昭和女子大学の単位として認め、こちらの単位も相手が認めるという相互作用。相互に卒業単位として認め合うことにあります。
具体的には、例えば、提携校の一つテンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)では、教養学科の卒業単位の123のうち、昭和女子大学で取得した一定の要件を満たす科目を、75から85単位ぐらいをTUJの単位として認めています。それプラス、TUJで残りの45単位以上を取れば、卒業に必要な単位数を満たしテンプル大学の卒業資格として認められます。そして、また昭和女子大学の方も、卒業単位127から128のうち、テンプル大学で取ってきた20単位程度を昭和女子大学の単位として認めます。そうすることで、修了までに昭和女子大学で必要とする単位と、テンプル大学が必要とする単位を両方取得することができるのです。それでも、それを4年間で両方全部取るというのは、なかなか大変です。普通は、昭和女子大学で3年間、大体100単位+α、そして、2年間をテンプル大学で45単位以上取ります。通常だと両方の大学を卒業までに長く時間がかかるところを、ダブル・ディグリー・プログラムを修了することで4年半から5年で取れるわけです。
日本とアメリカの大学の違いは、日本は入学した人を留年させたり、中退させず卒業させるのが大学の任務だと思っています。中退する学生が多いと、面倒見の悪い大学として文科省から注意されます。
ところが、アメリカの大学は、学力が十分でない学生を落第させるのは当然だという考えです。アメリカではレベルが高いからこれだけ落第させるのだと誇りにするぐらいです。だから、アメリカで正規に現地の学生と同じように単位を取るというのは、日本で単位を取るよりずっと要求度が高く厳しいのです。単に出席しているだけでは駄目で、ディスカッションにも参加しなきゃいけないし、それが平常点になります。レポート提出も厳しくFなんて評価が付いたら単位は取れません。その厳しさに耐え乗り越えられた学生だけにダブル・ディグリーの単位が認められます。
必要な語学力と学力
昭和女子大学の場合、英語でダブル・ディグリー・プログラムを行なう提携大学は、TUJとクイーンズランド大学の2つです。それぞれに要求される英語力の水準があります。
IELTSを使いますが、TOEICスコアで言うと850から900点ぐらい。TOEICはビジネス実務英語ですが、IELTSはアカデミック英語というか、TOEFLやIELTSは大学用の英語です。TUJにダブル・ディグリー・プログラムで留学するためには、「IELTS 6・0以上、TOEFL iBTP 79点以上、GPA 2・7以上」、クイーンズランド大学にダブル・ディグリー・プログラムで留学するためには、「IELTS 6・5 以上または TOEFL iBTP 87点以上、GPA 2・8以上」という英語力と成績の基準の両方をクリアすることが求められます。
実はTUJのダブル・ディグリーを受けたいと言って手を挙げている学生は多いのですが、IELTSを6・0以上満たしうる語学力を有する学生はまだ20名程度の状況です。それでも少しずつ増加してきました。
授業料や現地費用
昭和女子大学とTUJの場合は、昭和女子大学に学納金を納めることよって、TUJの学費は免除されます。TUJにダブル・ディグリー・プログラムで留学する場合、およびTUJとの単位互換制度には人数の枠がありますが、単位互換制度は毎学期15名まで、ダブル・ディグリーの場合は12名まで授業料が免除されます。
5年間昭和女子大学の授業料を払っておけば、それ以上はTUJに払わなくてもいいのです。TUJと昭和女子大学はキャンパスの敷地を共有しているので、日本で履修することができ、飛行機代も現地での生活費もかかりません。
TUJの本校テンプル大学はフィラデルフィアにあり、ペンシルバニア州立大学といって州からも補助金が出ています。他の大学でも一般的には州民の子どもが大学へ行くのは年間で1万ドル以下でも、同じアメリカ人でも他の州から行くと1万3〜4千ドル必要とか。そして外国から来たら2万5000ドルとか3万ドルとか授業料は外国人には高額です。
だから、今、急速に中東やインドの富裕層の子弟が、高いお金を払って留学をし始めています。そういう人たちと同じ授業料を払える日本人の留学生はそうはいません。
授業料のほか、現地での生活費は1万ドル以上かかります。この円安でさらに厳しくなっています。私は、昭和女子大学とTUJのダブル・ディグリーは「親孝行留学」だと言っています。
皆さんに理解して欲しいのは、ダブル・ディグリーは語学だけではなく、アメリカの厳しい大学が要求する水準を満たしているということと、これに向けた努力を理解して欲しいということです。
実社会での評価への期待
ダブル・ディグリー・プログラムを修了したということは現地の大学生と同等の学力をもち、グローバルに活躍できる学力を身につけた証です。
この成果を実社会で高く評価をしていただきたい。上海交通大学のダブル・ディグリーは、中国の方からは「凄い」と評価されますが、日本では就職訪問先でも、中国に語学留学したのとどこが違うか理解されていません。
ダブル・ディグリーにチャレンジするというのは、本当に勇気あるチャレンジ精神を持っている学生で、そういう学生をぜひ評価して欲しいです。
公務員試験だと筆記試験を合格しないと採用面接は受けられません。民間の企業は、大学の偏差値が重要で、大学に入ってからどのような勉強をしたかとか、ダブル・ディグリーにチャレンジしたというようなことは評価されません。
企業にお願いしたいことは、ダブル・ディグリーというのを勉強しなきゃ取れない、努力したチャレンジしたという成果なんだということをぜひ評価し、ほかにも大学時代にしっかり学んで力をつけた学生を評価する文化を作っていきたいと願っています。
◆昭和女子大学のホームページ(https://www.swu.ac.jp/)